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ぶどう石

定点観測記録

自分のために書く

 

moarh.hatenablog.jp

 あややさんのこちらのエントリーにとても共感した。私も自分が書いた文章を読み返すのが好きである。

こうしてブログを書いていると、書き進めていっても「これは公開しない方がいいかもしれない」と判断して下書きのまま放置したり、結局削除したりすることがある。人の目に触れる文章である以上迂闊なものはさらせないし、小心者なので非難されるおそれがあるものも怖くて書けない。その結果、どこまでなら書いていいのだろうと、つい最近もわからなくなって公開するか迷っている記事がある。自意識過剰だとは思うが、自分が書いたものを不快に感じる方がいたらと考えてしまうのだ。どんな受け取り方をされても私自身は一向にかまわないし、文章とはそういうものだと思っているが、人を不快にさせるリスクのあるものまでさらすのはどうかとも思う。そんなことを考え始めると、縛りができて本当に書きたいものを書けなくなる気がしていた。

ここでは基本的にアイドルにまつわることを書くことにしているのだが、たまにまったく関係のないことを書きたくなるときがある。私はブログを一つしか持っていないので、読んでもらいたい内容であれば、必然的にここに書くことになる。それってどうなのだろうと少し悩んでいた。きちんと分けた方がいいのか、でもわざわざ新たに別のブログを開設してまで書きたいというほどでもない。ちょうどそんなことを考えていたときに上のエントリーを拝見して、「そうか。自分のために書けばいいや」と思ったのである。読んで下さる方のことを考えるのは大切だが、他人にとっておもしろいかどうかなんて正直なところわからない。ならばせめて、自分がおもしろいと思うものを書こう。ここは自分の場所なのだから、そのときどきで感じたことや書き残しておきたいことを自由に書けばいい。最低限のマナーさえ守っていれば、何を書いてもいい。誰もおもしろいと思わなくても、自分がおもしろければそれで十分だ。

 

ところで、私は現在書く場所を4つ持っている。それぞれ役割が異なり、どれも欠かせない。

 

①ブログ

 まとまった考えや感想を書いておきたいときに使う。感じたことをエッセイ感覚で書いている。ほかの媒体と大きく異なるのは、やはり他の人に読んでもらえるという点。はずかしい気持ちもあるが、読んでもらえるのはうれしい。昔はプロの書き手にならないかぎり、自分の書いたものを人に読んでもらうことなどできなかったのだから、現代に生まれてよかったなあとしみじみ思う。

 

②日記

 私は毎日、日記をつけている。読み返すのは専らこれ。ブログもたまには読み返すがどこか気恥ずかしい。高橋書店の3年日記を愛用しており、現在3冊目。母が長年この日記帳で日記をつけていて、いいなと思っていたので、私も大学入学と同時に始めた。この日記帳のいいところは書く分量が決まっているところである*1。普通のノートだと好きなだけ書けるため、調子のいいときはたくさん書けるものの、調子の悪いときは少ししか書かないか、最悪書かなくなる。結果、続かない。しかしこの日記帳だと、書きたいことがたくさんある日でもこの量に納めなければならないし、反対にあまり書くことがない日だと、なんとか埋めなければという気になる。決められた分量にまとめる、あるいは書ききる力が鍛えられるのでおすすめ。また、3年分を縦に見ることができるため、1年前、2年前はこんなことをしていたのかと容易に振り返られるので便利。あの頃は何をしていたっけ、あれをやったのはいつだっけと探すのが楽しい。あの頃はこれにハマっていたなあと懐かしんだり、そういえばこんなことで悩んでいたなあとほろりとしたり。自分の生きた証である。文体の変化も興味深い。やたらテンションが高かったり、顔文字や記号を使っていたりして若かったなあと笑える。他人が読んでもまったく意味がわからないだろうが、だからこそ、自分だけの特別な存在である。

 

高橋書店 3年卓上日誌 2016年 手帳 A5 No.63

高橋書店 3年卓上日誌 2016年 手帳 A5 No.63

 

 

 

Evernote

 人には言えないような本音を書いておくノートブックを作っている。もともとPC用のオフライン日記に書いていたものをこちらに移した。手書きでは追いつかないときに使う。なので、長文が多い。最近はあまり使っていないが、悩んでいたときや苦しかったときはしょっちゅう書いて吐き出していた。今読み返しても気が滅入るものもある。それなら消せばいいじゃないかと思われるかもしれない。確かに、その後解決したものやどうでもよくなったものは消した。しかし、重くても自分の根幹にかかわるものは残しておきたい。内容もだが、それを書いた当時の自分を消したくないという気持ちがある。ただし、ブラックなものも含むので、人に読まれたらまずい。こいつこんなことを考えていたのかと多くの人の顰蹙を買うだろう(笑)死ぬまでには消さないと。

 

④ノート

 通称「心のノート」。通称も何も私しか呼んでいないが。道徳で使われる心のノートとは無関係。あれ、つまらなかったなあ。これは今すぐ書きたいときに使う。文章だけでなく、考えを整理するために図を描くことも。Evernoteほど重い内容ではないが、日記には書ききれない気持ちを書いている。そのほか、ほしいもの・やりたいことのリスト、計画や目標などを書き込んでいる。どちらかというと前向きで未来志向。

 

思えば、子どもの頃から常に何かを書いて生きてきた。書くことが好きなのだ。もちろん、読むことも。もしも書くことを禁じられたら、つらくておかしくなると思う。ある歌手が「歌うことは呼吸するのと同じようなこと」と話しているのを聞いたことがあるが、私にとっては書くことが呼吸するのと同じようなことである。別に作家でもライターでもないけれど。だから、今日も書く。自分のために。

 

※少し追記しました。 2015.9.12

*1:この量がちょうどいい。多すぎず少なすぎず絶妙。5年日記や10年日記になると書ける量が少なすぎる。